ポンペイウスの死を知ったカエサル

ポンペイウスの死を知ったカエサルは、軍勢を伴ってアレクサンドリアに上陸した。

エジプトでは、先王プトレマイオス12世の子であるクレオパトラ7世とプトレマイオス13世の姉弟が争っており、両者の仲介を模索したものの、プトレマイオス派から攻撃を受けた為、クレオパトラの側に立って政争に介入し、ナイルの戦いで、カエサル麾下のローマ軍はプトレマイオス派を打ち破った。

この戦いで溺死したプトレマイオス13世に代わって、プトレマイオス14世がクレオパトラと共同でファラオの地位に就いた。

エジプト平定後、カエサルは親密になったクレオパトラとエジプトで過ごしたが、小アジアに派遣していたグナエウス・ドミティウス・カルウィヌスが、ポントス王国のファルナケス2世に敗北したという報せが届いた。

紀元前47年6月、カエサルはエジプトを発ち、途中でポンペイウスの勢力下だったシリアやキリキアを抑えつつ進軍、同年8月2日、ゼラの戦いでファルナケスを破った。

この時、ローマにいる腹心のガイウス・マティウスに送った戦勝報告に、「来た、見た、勝った」との言葉があった。
update:2010年02月25日